2007/10/17 水曜日
みけ大佐である!
 
傭兵隊長ボブ・ディナールが死去したというニュースが入ってきたぞ!
 
 
ディナールは我が尊敬するマイク・ホアー大佐やロルフ・シュタイナー大佐などともに60年代~80年代を代表する傭兵隊長として語られるが…わたしはあまり好きなヤツではなかったな
 
いい機会なので簡単に彼の略歴を紹介しよう。ディナールが傭兵としてデビューしたコンゴ動乱(1960年~65年)からだ
 
<登場>
 ディナールは第1次、第2次両方の動乱に参加している。64年からの第2次コンゴ動乱ではフランス人傭兵を中心とした第6コマンドの士官になっている。
 当時、第6コマンドはホアー中佐指揮下の第5コマンドと共同でコンゴ東部州の反乱掃討にあたっていたのだが、ホアー中佐の得意の奇襲戦法のスピードに第6コマンドはついていけず、たびたび足を引っ張っていた。こまったものである。
 
<不信>
 65年に反乱が下火になったら今度は政府内部で権力闘争がはじまった。まぁそれがアフリカだ。仕方が無い。最終的にモブツ将軍がクーデターを起こして権力を握るのだが、旧政権に近い傭兵部隊は反乱を起こす。どうやら背景には旧宗主国ベルギーの存在があったらしい。このとき第6コマンド指揮官であったディナールはモブツに忠誠を誓い反乱に組しなかった。
 義理堅いわけじゃない。ベルギー人がフランス人のディナールを誘わなかっただけだ。その証拠に、各傭兵部隊が解体される様子を見たディナールはモブツに不信をつのらせて第10コマンド指揮官ジャン・シュラムと共謀して旧政権復活の反乱を計画しはじめる。
 
<反乱>
 67年7月、反乱は第10コマンドの攻撃で始まる…というより第6コマンドが動かなかった。相変わらずフランス人連中ときたら動きが鈍く部隊の集結に時間がかかったらしい。さらに酷いのはここからだ。ようやく動き始めたと思ったら、ディナールは流れ弾で負傷してしまう。怪我したヤツはとっとと盗んだDC-3型機でローデシアに逃走、シュラムの驚く顔が目に浮かぶぞ。
 結局シュラムは勇戦むなしく敗走、よほど腹に据えかねたのか撤退間際ディナール本人に怨念のこもったメッセージを送りつける。
「あとで君とはケリをつける。君は人殺しだ。以上」
 
 ちなみに、このときの反乱はアメリカ寄りのモブツを排除してアフリカに影響力を広げたいフランス情報当局の支援があったといわれる。この後のディナールの行動には常にフランスの影がつきまとうことになる。
 
<コモロ>
 その後にいくつかの傭兵作戦を実施したディナールが広く名を轟かせることになったのはアフリカ、モザンビーク沖の島嶼国家コモロでの傭兵クーデターだ。
 72年、コモロと旧宗主国フランスとの間にマヨット島の領有問題が持ち上がる。ディナールは親フランスだった野党指導者ソイリから支持者のコモロ兵士を預かると反乱を指揮して時のアブダラー大統領を拘束する。しかし権力を握ったソイリは一転してフランス人を追放、アフリカ流の社会主義を標榜してしまう。
 …なお“アフリカ流”社会主義とはソ連の支援を受けた独裁国家のことらしい。“アフリカ流”自由主義とはアメリカの支援を受けた独裁国家のことらしい。どっちにころんでもまともな国家にならないところが“アフリカ流”だな。
 
<楽園>
 ソイリはフランスにとって用無しとなってしまったわけである。78年、ディナールは傭兵を率いてソイリ大統領を急襲、暗殺する。すでに前任のアブダラー元大統領が近くのフランス海外領土の空港で待機しており、作戦が成功するや凱旋帰国した。わかりやすくて涙が出そうな背景である。
 クーデター後、ディナールはコモロ軍の実権を握り、大統領をも脅かす力を得る。大統領警護隊すらディナールの指揮下なのだからどうしようも無いわけだな。彼は仲間の傭兵と豪勢な生活を続けたらしいのだが、もちろんコモロの国民からは快く思われなかった。まぁフランスとしてはマヨット島が無事なら、あとはどうでも良いわけだ。
 
<終局>
 80年代になるとアブダラー大統領とディナールの関係はますます悪化する。ディナールたちは言ってみれば国家の寄生虫であるわけだしな。
 まともな選挙だったのかは知らないがアブダラーは選挙での高い支持率を追い風に三期目に突入する。しかし直後の89年、ディナールは配下の大統領警護隊をつかってアブダラーを暗殺する。便利なヤツにすげ替えようとしたんだろう。しかし時代はすでに米ソの緊張緩和がすすむころ、人権と国際協調が叫ばれる時代にフランスも流石に面倒が見切れなくなったのか圧力をかけてディナールをコモロから追い出す。
 フランスに戻ったディナールは各種様々な反乱行為を問われて法廷に引っ張り出されるわけだが、誰かうしろ暗いやつが権力者の中にいたんだろうな。執行猶予つきの軽い判決となっている。
 ここで彼の物語はおわ…らない。なんと95年、ディナールは再びコモロでの既得権益を奪い返すためにクーデターを実行する。すでに60歳過ぎというのに元気な爺様であるな。今度はフランスも本気で鎮圧に乗り出し特殊部隊を含む500名の兵力を投入してクーデター部隊を降伏させた。
 
「簡単に」と言ったわりに長くなったな。これでも短くしたのだぞ
 
まぁ、ディナールのような傭兵の時代はすでに終っていたわけなのにヤツは最後まで“ソルジャー・オブ・フォーチュン(冒険好きな傭兵)”たろうとしたのかもな。そう考えるとちょっと寂しくもある
 
90年代以降、時代はサイモン・マンら企業家傭兵/傭兵会社がその主流となっていく
 
ひとりの傭兵の死に冥福をいのろう
 
[参考文献]
アフリカ傭兵作戦
コンゴ傭兵作戦
現代アフリカ クーデター全史
すべて 片山正人著